東京地方裁判所 昭和29年(ワ)247号 判決 1962年12月18日
判 決
原告
浅倉永次郎
右訴訟代理人弁護士
長谷川勉
沢荘一
音喜多賢次
被告
日本積財会
右代表者理長
北野正一
被告
北野正一
右両名訴訟代理人弁護士
笠島永之助
被告
賀陽邦寿
右訴訟代理人弁護士
赤堀鉄吉
右当事者間の昭和二九年(ワ)第二四七号株券返還並びに損害賠償請求事件について当裁判所は次のとおり判決する。
主文
被告日本積財会に対する原告の訴は却下する。
被告北野正一は原告に対し金六九二、七〇〇円及び内金二一四、〇〇〇円に対しては昭和二九年二月一三日から、内金三六四、〇〇〇円に対しては同年八月三日から、内金三五、五〇〇円に対しては同年七月二一日から、内金七九、二〇〇円に対しては昭和三〇年三月一五日からそれぞれ完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
被告北野正一に対する原告のその余の請求は棄却する。
被告賀陽邦寿に対する原告の請求は棄却する。
訴訟費用中、原告と被告北野正一との間に生じた費用は被告北野正一の負担とし、その余の費用は原告の負担とする。
この判決は原告勝訴の部分に限り仮にこれを執行することができる。
事実
第一、原告訴訟代理人は「被告等は各自金七六三、五〇〇円及びこれに対する昭和二九年二月一三日から完済するまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の連帯負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。
一、被告日本積財会(以下被告積財会という。)の性質
被告積財会は、被告北野正一が労務を、同賀陽邦寿外訴外下条康磨、同里嘉栄則等が信用を出資し、これらの者を組合員とする民法上の組合であつて、一個の独立性ある団体をなすものであり、被告北野はその理事長として被告積財会を代表する者である。仮に被告積財会は民法上の組合でないとしても、上記の者で構成された社団で法人格のないものであり、被告北野はその代表者である。
被告積財会は、以上のとおり、民法上の組合として、そうでなくても法人格のない社団として代表者の定があるから、民事訴訟法第四六条により当事者能力を有するものである。
二、被告積財会の事業
被告積財会は、曹洞宗宗務庁及び檀、信徒宗門護持会の支援の下に、不動産投資をし、また一流証券会社を通じ株式操作により資金を運営して利殖を図り、その益金をもつて、寺領山林の開発、寺院の建設、復旧、観光事業、及び社会福祉事業等を行なうことを目的とし、この事業を行なうための資金調達方法の一として大衆から出資を求めることとし、その方法を次のとおり定めた。
(一) 出資一口三千円以上、現金または株式によることとす。株式を出資するときは上場株百株以上に限り、株式出資の金額は、その株式の出資前日の終値の五割として算定する。
(二) 出資期間、三月または六月
(三) 利益配当、出資期間中は毎月利益配当を行なう。その率は、出資期間六月の場合は月三分、三月の場合は月二分五厘とする。
(四) 出資期間が満予したときは、出資元金を返済する。株式出資の場合は出資株券を返還する。なお、出資株式は他に譲渡等の処分をせず、従つて、出資者は出資期間中その株式の利益配当請求権を失うことはない。
(五) 出資期間中、出資者は自由に解約できる。
三、原告の株式出資及株式の返還請求
原告は、被告積財会に対し前記出資契約の定に従い、出資期間を六月と定めて、昭和二八年六月一〇日、同年九月六日及び同年一〇月二〇日の三回に亘り別紙(その一)の(一)(二)(三)記載の株式を出資した。
右(一)の株式は出資期間六月を満了する日である昭和二八年一二月九日を経過したから、被告積財会は原告に対し右株券を返還する義務がある。前記(二)及び(三)の株式はまだ出資期間六月の満了しない同年一二月一二日原告は被告積財会に対し前記出資契約の定に基いて解約し、その意思表示は同日被告積財会に到達した。従つて被告積財会は原告に対し前記(二)及び(三)の株券を返還する義務がある。
四、原告の損害
被告積財会は、原告の出資した前記株式を出資契約に違反し他に譲渡し、原告に対しその返還をすることができなくなつたので、原告は次のとおり七六三、五〇〇円の損害を受けるにいたつた。
すなわち、株式の返還不能による損害は不能になつた日すなわち他に譲渡した日の時価によつて算定すべきも、本件株式の譲渡日は明らかでないので、本件株式を出資した日から譲渡により他に名義書換された日までの間に譲渡がなされたことは自明であるから、各株式について右期間内の最低時価によつて算定するより仕方がない。そうすれば本件株式はそれぞれ(別紙その二)「出資の日より名義書換の日までの期間の安値」欄記載のとおりの価格が右期間内の最低の時価すなわち東京証券取引所の安値である。なお、大協石油株式会社は右各名義書換後である昭和三〇年三月一八日現在の株主に対し一株対一・五株の新株引受権を与えた。すなわち、一・五株のうち〇・五株は無償で、残り一株は五〇円の払込であつた。原告は被告積財会の前記譲渡行為により右新株引受権をも喪失したのであるから、無償株については一株九五円(最低時価)計三八、〇〇〇円有償株については一株四五円(最低時価九五円より払込額五〇円を控除した額)計三六、〇〇〇円の損失を受けた。(別紙(その二)の(三)(ニ)の欄参照)従つて原告の受けた損害額は別紙(その二)記載の合計七六三、五〇〇円となる。
五、被告等の損害賠償責任
被告等は原告に対し前記四の損害額を連帯して支払う義務がある。すなわち、
(一) 被告積財会は、前述のとおり、被告北野、同賀陽外数名をもつて構成された民法上の組合である。而して組合及び組合員である被告等が本件損害賠償債務を負担するについては次に述べる理由によつて被告等のため商行為たる行為によつて負担したものであるから商法第五一一条第一項によつて各自連帯して負担すべきものである。
(イ) 被告積財会の事業の根幹は、前述のとおり、不動産投資及び株式操作によつて資金を運営して利殖を図る点にあるから、このための不動産または株券の取得は商法第五〇一条第一号に該当し絶対的商行為であり、また株式の操作は同条第四号に該当し絶対的商行為であり、従つて被告積財会は右商行為を業とする者であるから商人である。原告の本件株式の出資契約は被告積財会の右営業のためにする行為であるから商行為であり、従つて組合または組合員である被告等の右出資契約に基く株式の返還義務の履行不能による損害賠償債務は商行為により負担したものである。
(ロ) 原告の本件出資契約は本件株券を被告積財会に一定の期間預け置き、これに対して確定利率の金額の支払を受けるもので、株券を目的として利益を図るものとして商法第五〇一条第四号の絶対的商行為に該当する。従つて被告等は本件損害賠償債務を商行為によつて負担したものである。
(ハ) 被告積財会が原告より本件株式の出資を受ける契約は、同被告が営業として株式の寄託の引受をなしたものであるから、商法第五〇二条第一〇号の営業的商行為に該当する。従つて被告等は本件損害賠償債務を商行為によつて負担したものである。
(二) 被告積財会は民法上の組合でなく、法人格のない社団であるとしても、その構成員である被告北野及び同賀陽に対しても本件損害賠償の請求ができることは、民法第六六五条の準用により当然であり、その連帯責任である点は前記(一)に述べたとおりである。
六、被告北野正一に対する予備的請求原因
(一) 仮りに被告積財会は原告主張の如き民法上の組合又は法人格のない社団でないとしても、前述のように原告の主張した被告積財会の事業は、被告北野正一個人が日本積財会の名称の下になした事業である。従つて原告は被告北野との間に前記三に返べたとおり出資契約をし、被告北野は本件株券の返還が不能となり、前記四に述べたとおり原告に損害を与えたので、この額を賠償する義務がある。
(二) 被告北野は、その実は、前述の不動産投資及び株式操作による利殖事業を初め、その標傍する社会事業を行なわず、単に大衆から出資を求め、先に出資契約した者に対し後に出資契約した者の出資を以つて前者の出資の返還に当てるという方法により外面を糊塗して来た。従つて本件出資契約はその出資、配当、返還は収支償わないことが明らかであり、原告の前記出資当時においてはその配当、返還の契約の履行は当然不能となることが被告北野において知り、少くとも知り得べかりしにかゝわらず、この事実を秘し有利であつて絶対確実な投資であると宣伝し、原告をこのように誤信させ、原告との間に前述の出資契約を結び本件株式を取得するに至つたのである。被告北野は前述のとおりこの株式を他に処分し原告に返還が不能となつたので、原告は被告北野の前記(一)の債務不履行によるの外この不法行為によつても損害を受けた。この損害額は前記四において述べたところと同様である。
七、被告賀陽邦寿に対する予備的請求原因
仮に被告積財会が民法上の組合または法人格のない社団でなく、被告北野の個人事業であるとしても、被告賀陽は以下述べるとおりの責任がある。
(一) 被告賀陽は、昭和二八年六月頃から日積奨学会(日本積財会の一事業部門)の会長の地位につき、日本積財会の役員となり、同会の宣伝用及び出資勧誘用の印刷物等に同会の役員として、姓名、経歴元皇族である地位、動向、談話等を掲載させ、右印刷物等を一般大衆に頒布して同会を宣伝させ、(少くともこの事を黙認又は放任し、)、他方自らも、同会各支部に赴いて営業状態を視察し、また同会への出資を勧誘し、特に同会熊谷出張所開設披露会に出席して講演をし、一般大衆に同会は上述の諸事業を確実に実行し、同会への出資による利殖は安全確実で有利であることを宣伝した。
このような場合には被告賀陽は原告の日本積財会の名称の下における被告北野の事業に対する出資について被告北野と同一の責任を負うことは社会衡平上または信義則上当然であるから、前記四で述べた損害額を支払う義務がある。蓋し被告賀陽が同会の役員として被告北野の事業の責任者である旨を表示し、原告その他大衆が、これを信じて出資した以上被告賀陽は右責任者であるか否かに拘らず被告北野と同一の責任を負うべきことは、いわゆる禁反言の法理上当然であり、商法第八三条及び昭和五年一〇月三〇日大審院判決(民集九巻九九九頁)が頼母子講の表見管理人について管理人同一の責任を認めたことにより我国においても右法理が社会衡平上または信義則として妥当することは当然である。
(二) 日本積財会の事業の実情は前記六で述べたとおり何等事業は行なわれず、たゞ宣伝のみにすぎず、原告が出資をした時においては出資契約による配当、返還等が不能になつていたが、被告賀陽は、その実情を知り、または知らないとしても調査をすればその実情を知り得べきにかゝわらず、前記に述べたとおり役員に就任し出版物等にその氏名等を記載させて宣伝させ、また自らも出資を勧誘した。原告は右事業が真実行なわれ、また被告賀陽等の有名人が関与しているので出資は安全確実で有利であると誤信して被告北野と前述の出資契約をし本件株券を騙取されその返還請求が不能となり損害を受けた。従つて被告賀陽の前記の行為は被告北野との共同の不法行為、少くとも被告北野の不法行為の幇助であるから、被告賀陽は被告北野と連帯して前記四の損害を賠償する義務がある。
八、結論
原告は以上の請求原因によつて被告等に対し連帯して損害額七六三、五〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和二九年二月一三日より完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。
第二、被告積財会及び被告北野正一の訴訟代理人は
「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、原告の主張事実中被告積財会は原告主張のような民法上の組合又は法人格のない社団ではなく、被告北野個人の事業であり、原告主張の出資契約は原告と被告北野との間で契約をしたものであると述べ、その余の主張事実を否認した。
第三、被告賀陽邦寿の訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、原告の主張事実中一は否認する。二ないし四は不知、五の被告賀陽に賠償責任あることは否認する。七のうち、被告賀陽が日積奨学会会長であること、元皇族であること、日本積財会城北支部に赴いたこと及び同会熊谷出張所の開設披露会に列席したことは認めるが、その他の事実は否認する。」と述べた。
第四、(立証―省略)
理由
一、まず被告積財会に対する訴の適否及び被告積財会を民法上の組合または法人格のない社団であることを前提とする被告北野、同賀陽に対する請求について判断する。原告は、被告積財会は民法上の組合であつて一個の独立性ある代表者の定ある団体をなすものである、仮りに組合でなくても法人格のない社団で代表者の定あるものであると主張する。(証拠―省略)によれば、成程、被告積財会は被告北野を理事長とし被告賀陽を同会の役員または顧問とし、訴外下条康麿及び同里嘉栄則等を同会の役員である顧問として大衆に公表宣伝し、外見上あたかもこれらの者を機関とする団体であつて、原告の主張する各種事業を行ない、その資金調達のため原告の主張するとおりの出資を大衆から募集し、原告よりその主張のするとおりの出資を受けていたように見受けられるが、然しこれらの諸証拠によつては、被告積財会の実体が被告北野、同賀陽、訴外下条、同里等を組合員とする民法上の組合であつて被告北野がその代表者であることまたは、組合でないとしても右の者等を構成員とする法人格のない社団で被告北野を代表者とするものであることを立証するに十分でなく、その他被告積財会が民法上の組合または法人格のない社団であることを認めるに足りる証拠はない。
従つて、被告積財会は民法上の組合ないし法人格のない社団として当事者能力を有するものとは認められず、またその外当事者能力を認めるに足りる証拠もないから、原告の被告積財会に対する訴は不適法として却下する。従つて被告積財会を民法上の組合または法人格のない社団であることを前提として、その組合員または構成員としての被告北野及び同賀陽の責任を原因とする原告の同被告等に対する請求は、その理由がないことは明白である。
二、次に、被告北野正一に対する予備的請求について判断する。原告が被告北野に対し出資期間は六月、但し出資者は自由に解約できること、及び右期間の満了または解約のときは出資した株券を返還することの約定の下に昭和二八年六月一〇日、同年九月六日及び同年一〇月二〇日の三回に亘り別紙(その一)の(一)(二)(三)記載の株式を出資したことは、原告及び被告北野間に争のないところである。そうして、右(一)の株式が出資期間満了の日である昭和二八年六月九日を経過しても原告に返還されていないこと、右(二)及び(三)の株式については原告が被告北野に対し昭和二八年一二月一二日の意思表示により本件出資契約を解約したが、未だその返還がなされないこと、及び被告北野が前記株式をいずれも他に譲渡したことによりこれらの返還義務の履行が不能になつたことは、(証拠―省略)並びに口頭弁論の全趣旨によつてこれを認めることができる。
従つて、被告北野は原告に対し前記株券の返還義務が履行不能になつたことによつて、同株券の返還に代る損害賠償の義務を負うことになる。そこでこの損害賠償の額の算定の基準日について考えると、債務の履行不能による損害は、債務者である被告北野が前記株式を他に譲渡したことにより発生したのであるから、その損害額の算定は履行が不能になつた日すなわち譲渡した日を基準とすべきものである。なお、原告は債務不履行による損害の外被告の不法行為による損害をも併せ主張しているが、不法行為による損害としても、その損害額の算定基準日は前記株式を不法に譲渡した日とすべきであつて、損害額の算定の結果は債務不履行の損害額と同一に帰するから、前記債務不履行による損害の発生が認められる以上、更に不法行為による損害賠償の請求について判断する必要がない。従つて次に債務不履行による損害の額について判断する。
(証拠―省略)によれば、別紙(その二)の「出資の日より名義書換の日までの期間中の安値」欄記載の各株式出資の日から各株式の名義書換までの期間中に本件株式が処分されたことが認められる。このように、株式譲渡の日が一定の日時でなく、右認定の一定の期間内のいずれかの日であることしか認定できない場合には、株式譲渡の日の株式の時価は、右の一定の期間内における当該株式の最低の時価によらざるを得ない。当裁判所が真正に成立したと認める甲第二〇号証によれば、本件株式(但し、大協石油株式会社株式八〇〇株を除く。これについては次に述べる。)の右期間の最低の時価は別紙(その二)の「出資の日から名義書換の日までの期間中における安値」欄記載のとおりであることが認められる。
次に、大協石油株式会社株式八〇〇株についての損害額を考えると、前述の考え方によれば昭和二八年一〇月二〇日(出資した日)から昭和三〇年三月一六日(他人名義に名義書換がされた日)までの最低時価によることになるが、同株式については新株発行の取締役会の決議があり、昭和三〇年三月一八日現在の株主に新株引受権が与えられたため、同月一五日から権利落があつたことは前記甲第二〇号証によつて明らかであるから、単純に前記期間内の最低時価によるものとすることはできない。すなわち、右甲第二〇号証によれば、前記期間のうち権利落前の最低時価は九九円であり、権利落後の最低時価は九五円であるから、もし権利落後の最低時価によることとすれば、新株引受権喪失による損害(新株の時価から払込額を控除したもの)を加算したものを通常損害とすることが、現在の株式取引の実情から見て相当である。原告もこの見解を主張している。しかし、本件においては前記期間内の最低時価として権利落後の最低時価九五円によつて損害額を計算することは相当でない。その理由は、まず、株式の売却は通常権利落前になされるものであつて、権利落の安値で株式を売却することは特別の事情がある場合と考えるのが経済常識に合する。そして、本件大協石油株式会社株式の出資から他人名義に書き換えられるまでの期間は一年四月余で、権利落後は僅か二日であることを考えれば、特に権利落後被告北野が他に右株式を譲渡した証拠がない本件においては、右株式は権利落前に他に譲渡されたものと推定すべきである。従つて、右株式の返還義務不履行による損害額の算定は出資の日から右権利落前までの期間の最低時価九九円にもとずいてなすべきである。
以上述べたところにより、本件株式の返還不能による損害額は、株式会社日立製作所株式二、〇〇〇株について二一四、〇〇〇円、東武鉄道株式会社株式四、〇〇〇株について三六四、〇〇〇円、石川島重工業株式会社株式五〇〇株について三五、五〇〇円及び大協石油株式会社株式八〇〇株について七九、二〇〇円で合計六九二、七〇〇円である。
原告は遅延損害金を訴状送達の翌日である昭和二九年二月一三日(訴状送達の翌日であることは本件記録により明白である。)から請求しているが、右の日は株式会社日立製作所株式二、〇〇〇株を除く本件各株式については返還義務の履行不能が確定した日以前であるから、右株式について、右履行不能が確定した日の翌日から請求し得ると解する。従つて、株式会社日立製作所株式分二一四、〇〇〇円については訴状送達の翌日である昭和二九年二月一三日から、東武鉄道株式会社株式分三六四、〇〇〇円については履行不能が確定した翌日である同年八月三日から、石川島重工業株式会社株式分三五、五〇〇円については同じく同年七月二一日から、大協石油株式会社株式分七九、二〇〇円については同じく昭和三〇年三月一五日からそれぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める部分に限り理由がある。
従つて原告の被告北野に対する予備的請求は、前記認定のとおり六九二、七〇〇円及びこれに対する前段認定の範囲の遅延損害金の支払を求める部分に限り正当としてこれを認め、その余の部分は失当としてこれを棄却する。
三、被告賀陽邦寿に対する予備的請求について判断する。まず原告は、被告賀陽が被告北野の事業についてその責任者である旨表示し、責任者として日本積財会の各支部に赴き視察しまたは講演し、及び出資の募集をした以上これを信じて右事業に対し出資した者に対し、被告北野と同一の責任を負うべきは禁反言の法理上当然であり、社会衡平上または信義則上妥当であると主張する。(証拠―省略)によれば、被告北野は日本積財会という名称の下に一般大衆より前記認定のとおりの約定にて出資を求め、この資金によつて寺領山林の開発、寺院建設復旧、観光事業及び社会福祉事業等を行うと称し、自らを理事長とし、被告賀陽を日本積財会役員日積奨学会会長、または日本積財会顧問として外部に宣伝していたことを認めることができ、更に、被告賀陽は日本積財会の城北支部に赴き、熊谷出張所の披露会に列席したことは、被告賀陽の認めるところである。然し(証拠―省略)によれば、被告北野は前記日本積財会の事業の一部門として同会の資金により日積奨学会の名称の下に有為な学生に奨学資金を支給する事業を営み、被告賀陽は昭和二八年六月一日この日積奨学会の会長に就任することを承諾したが、日本積財会の顧問になることは後日に留保し、従つてまた日本積財会の役員または顧問の名称を対外的に使用させることを許容した事実はないこと、及び被告賀陽が日本積財会の城北支部その他の支部に赴きまたは熊谷出張所開設披露会に出席し拶挨したが、これはいずれも日積奨学会会長としてなされたもので、日本積財会の出資募集その他の事業に関係がないことを認めることができる。以上の認定に反する(証拠―省略)は信用できない。その他、被告賀陽が日本積財会の前橋支部設置に努力したり、または京都方面において同会のため出資の勧誘をした旨の証人(中略)の各証言は被告賀陽邦寿及び同北野正一の各本人訊問の結果に照し信用できない。
以上の認定によれば、被告賀陽は日積奨学会の会長に就任したにとどまり、被告北野の日本積財会の事業には参加せず、従つて同会の責任者にもならず、被告北野において被告賀陽の許諾を得ず同人を日本積財会役員または同会顧問と表示したのであるから、被告賀陽が被告北野と原告の本件出資について同一の責任を負うと認められる実定法上の根拠はない。蓋し、表見上自己の氏名または商号を他人の事業にその事業主として使用することを許容しまたは右事業の管理人その他事業の責任者として使用することを許容したときは、右事業者と共に責任を負うべき旨を定めた規定、例えば民法第一〇九条、商法第二三条、同第八三条、同第五三七条等が存し、またこれらの規定の理論的根拠をなす禁反言の法理または取引の安全の思想に基く法理を適用すべき場合(例えば原告の主張する昭和五年一〇月三〇日大審院判決の事案)の存することは明らかであるが、これと異り、本件の場合のように本人が何等他人に自己の氏名の使用を許容しないときは、以上の法理の適用を認めるべきではないからである。なお、被告賀陽は日本積財会の事業の一部である奨学事業の責任者である日積奨学会会長に就任することを引受けたが、この会長就任または会長の対外的表示を以つて被告北野の日本積財会の他の事業である出資募集についてまで表見上の責任者としての責任を認めることはできない。
次に、原告は、被告北野が日本積財会の名称の下に原告と本件出資契約を結び、本件株式の交付を受けたことは、同会の諸事業が行なわれず従つて株式の返還が不能であることを秘してこれを騙取した不法行為であり、被告賀陽は右の事実を知りまたは知り得べきにかゝわらず前記のとおり自己の氏名を日本積財会の役員または顧問として表示して、その旨の出版物等を大衆に配布しまた出資は安全確実で有利であると講演しその他自らも出資を勧誘したことは、被告北野の右不法行為と共同の不法行為であり、少くともその幇助であると主張する。被告北野は日本積財会の名称の下に一般大衆より前記認定のとおりの約定にて出資を求め、この資金によつて寺領山林の開発、寺院建設復旧、観光事業及び社会福祉事業等を行なうと称し、自らを理事長とし、被告賀陽を日本積財会役員日積奨学会会長としまたは同会顧問として外部に宣伝していたことは、さきに認定したところである。そうして、(証拠―省略)によれば、原告は被告北野の事業である日本積財会の外交員違藤末吉より同会は前記認定のとおりの事業を営み、大衆より出資金を募集しこれを被告賀陽及び訴外下条康麿の有名人が社会事業に使用し有意義なものであると共に、出資の返済も確実である旨説明され、右賀陽、下条が日本積財会役員日積奨学会会長または顧問として関与している旨の印刷物を示されて勧誘を受け、この旨信じ、被告北野に対し原告主張(請求原因三)のとおりの約定にて昭和二八年六月一〇日、同年九月六日及び同年一〇月二〇日の三回に亘つて別紙(その一)の(一)(二)(三)記載の株券を出資の名義の下に交付したこと、然し、日本積財会の事業の実情は、その発足当時僅か三〇万円の資金を基としたにすぎず、一に大衆の出資を求めこの出資した金銭株式により株式の売買その他の営利事業をしその運用利潤により出資者に利益を配当しまたは種々の前記認定の事業を行なうことを予定したが、出資者は極めて少なくまた株式売買その他の営利事業を行なわず、従つて原告が出資した頃には利益配当はもとより元本の返済も不可能になつていたこと、及びそれにもかゝわらず被告北野は右実情を秘し日本積財会の事業を宣伝しこれへの出資を有利であつて絶対確実であるとし大衆よりその出資を求め、原告より前記のように本件株券の交付を受けたことを認めることができる。従つて被告北野は原告より原告をして返還確実にして利益配当あるものと誤信させて出資名下に本件株式を騙取したものと認められるから、被告北野が既に認定したように右株式を他に譲渡しその返還が不能になつたことにより原告の受けた前記認定の損害六九二、七〇〇円は、被告北野の前記認定の債務不履行によると共に右不法行為による損害でもある。
然し被告賀陽は被告北野と共同して前記不法行為により原告に右損害を与えたと認むべき証拠はない。成程、被告賀陽は日本積財会の事業の一としてその資金により運営される被告北野の奨学事業である日積奨学会の会長に就任したこと、日本積財会の印刷物等に被告賀陽が同会役員日積奨学会会長または顧問と表示され、大衆に右印刷物が配付されて出資の勧誘がなされたことは既に認定したとおりであるが、被告賀陽は右日積奨学会会長に就任しただけであつて、日本積財会の何等かの役員に就任を承諾をしたこともなく、同会の顧問に就任することは後日に留保したことも既に認定したとおりである。更に被告賀陽は日本積財会の城北支部その他の支部に赴き、又同会の熊谷出張所の披露会に出席し、挨拶したが、これはいずれも被告賀陽が日積奨学会会長として右各支部に赴き挨拶したにとゞまり、その他被告賀陽が日本積財会の事業そのものに関与した事実のなかつたことは、既に認定したところである。
以上のとおり被告賀陽は被告北野と共同して前記の不法行為をしたことは認められないが、被告賀陽が被告北野に対し日積奨学会の会長に就任を承諾し、日本積財会の顧問の就任はこれを留保したこと、被告北野は被告賀陽を日本積財会の宣伝印刷物に日本積財会役員日積奨学会会長と表示し、また就任を留保したにかゝわらず日本積財会顧問と表示したこと、及び被告賀陽は日積奨学会会長として日本積財会の支部を訪れ挨拶し、特に同熊谷支部開所式に赴き挨拶したことは既に認定したところであつて、この事実は被告賀陽が被告北野の前記不法行為を幇助したことにならないかの問題がある。蓋し日積奨学会は前記甲第一号証、甲第二号証の一、二の印刷物によれば日本積財会の事業の一部門である奨学事業を行なうために存するものであり、また日本積財会の出資によつて運営されるものであるから被告賀陽はこの会長を引受けた以上直接日本積財会の役員でなくても、日本積財会の前記印刷物に日積奨学会会長として表示され同印刷物が大衆に配付され、また右会長として日本積財会支部又は同支部の開所式に赴き挨拶したことは被告北野の日本積財会の事業による株式騙取行為を容易ならしめるものではないかとの疑があり、また前記のように印刷物に被告賀陽が日本積財会の役員または顧問として表示され大衆に配付されたことは、同被告がこれを知らないとしても前記のような事情がある以上被告北野の不法行為を幇助した責任が認められるのではないかとの疑があるからである。然し原告が被告賀陽の日本積財会の事業に対する以上のような関係があることによつて日本積財会の事業に対する本件出資を社会のため有益であり出資そのものが有利確実であると誤信して本件株券を騙取されたとしても、被告賀陽は本件不法行為を幇助したものと認めることはできない。すなわち、日積奨学会の事業は、日本積財会の事業の一部門であつても、前者の事業に関与することが直ちに被告北野の日本積財会の事業に対する出資名下の騙取行為に因果関係があり、これを容易ならしめるものと認めることは、社会通念上甚だ不当であつて、これを肯認することは通常人の社会活動に対する負荷を著しく過重にすることであるから現下の社会事情の下では相当性を欠くものである。次に被告賀陽が不知の間に印刷物により日本積財会の役員または顧問と表示され宣伝されたことが被告北野の不法行為を幇助したとされるためには、被告賀陽が被告北野に対し日積奨学会会長の就任を承諾し、日本積財会顧問の就任を留保したことにより、被告賀陽は被告北野が右顧問又は役員であることを宣伝したことを取消しその他の対策をとるべき義務を認め、この作為義務違反によつて初めて幇助の責任が生ずるのであるが、被告賀陽に前記奨学会に関与した行為によつて右の作為義務が生ずるとすることは社会通念上到底これを肯認することはできない。のみならず、被告賀陽は右の顧問又は役員であることの表示を暗黙に許容し、放任したことについての証拠もなく、却つてこれについて異議を述べたことが被告賀陽邦寿の本人訊問の結果によつて明らかであるからこの点においても幇助を認めることができない。その他被告賀陽に被告北野の本件不法行為を幇助したと認むる根拠はない。従つて原告の被告賀陽に対する本訴請求はすべて理由がないから、これを棄却する。
四、以上の理由により原告の被告積財会に対する訴は不適法としてこれを却下し、被告北野に対する請求は六九二、七〇〇円に限りこれを正当として認容し、その余はこれを失当として棄却し、被告賀陽に対する請求はこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言については同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第八部
裁判所裁判官 長谷部 茂 吉
裁判官 上 野 宏
裁判官中野辰二は転任につき署名捺印出来ない。
裁判長裁判官 長谷部 茂 吉
別紙(その一)(その二)(省略)